井伏の詩作は小説家の余技ではない。その詩は近代詩史の上でも比類のない確固たる位置を占めている。それにしても小説・随筆も含めて井伏文学のもつあの独特の風韻の本質をいいあてるのはむずかしい。いかなる市井の俗事を書いてもその作品の基底を清冽な水のように流れるものについてあえていうなら、「詩」と呼ぶほかない何かである。「彼の眼は小説家の眼といふよりも、寧ろ詩人の眼です」といったのは小林秀雄だった。もともと画家志望だった井伏の文学と絵画の関係に言及する人は多いが、むしろ詩と絵の関わりの方がより直接的であるのかもしれない。いわば細部のデッサンが確かなのだ。
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