Saturday, June 5, 2010

谷崎潤一郎

諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の光を投げているのであるが、私は黄金というものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。
そして、その前を通り過ぎながら幾度も振り返って見直すことがあるが、正面から側面の方へ歩を移すに随って、金地の紙の表面がゆっくりと大きく底光りする。決してちらちらと忙しい瞬きをせず、巨人が顔色を変えるように、きらりと、長い間を置いて光る。時とすると、たった今まで眠ったような鈍い反射をしていた梨地の金が、側面へ廻ると、燃え上がるように耀いているのを発見して、こんなに暗い所でこれだけの光線を集めることが出来たのかと、不思議に思う。

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