Sunday, October 3, 2010

幸田露伴

思わず珠運は鉈取落して、恋の叶わず思の切れぬを流石男の男泣き、一声呑で身をもがき、其儘ドウと臥す途端、ガタリと何かの倒るゝ音して天より出しか地より湧しか、玉の腕は温く我頸筋にからまりて、雲の鬢の毛匂やかに頬を摩るをハット驚き、急しく見れば、有し昔に其儘の。お辰かと珠運も抱しめて額に唇。彫像が動いたのやら、女が来たのやら、問ば拙く語らば遅し。玄の又玄摩訶不思議。

恋に必ず、必ず、感応ありて、一念の誠御心に協い、珠運は自が帰依仏の来迎に辱なくも拯いとられて、お辰と共に手を携え肩を駢べ優々と雲の上に行し後には白薔薇香薫じて吉兵衛を初め一村の老幼芽出度とさゞめく声は天鼓を撃つ如く、七蔵がゆがみたる耳を貫けば是も我慢の角を落して黒山の鬼窟を出、発心勇ましく田原と共に左右の御前立となりぬ。

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