Friday, February 1, 2013

三島由紀夫

浜の人出は少ない。海浜傘が一つも見られない。築山の下をぬけると、すでにそこは海水浴場の一角であるが、浜を見渡して二十人と見られない。四人は波打際に立止まった。沖には今日も夥しい夏雲がある。雲が雲の上に累積している。これほどの重い光りに満ちた荘厳な質量が、空中に浮かんでいるのが異様に思われる。その上部の青い空には、箒で掃いたあとのような軽やかな雲が闊達に延び、水平線上にわだかまっているこの鬱積した雲を瞰下ろしている。下部の積雲は何ものかに耐えている。光りと影の過剰を形態で覆い、いわば暗い不定形な情慾を明るい音楽の建築的な意志でもって引締めているように思われる。 。。。
波がもち上がる。崩れる。その轟きは、夏の日光の苛烈な静寂と同じものである。それはほとんど音ではない。耳をつんざく沈黙とでも言うべきである。そして四人の足許には、波の抒情的な変身、波とは別のもの、波の軽やかな自嘲ともいうべき、名残の漣が寄せては退いている。

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