- 精神科医療を必要としている人々が急増している。
- 精神病床数は多いが、病床の偏在があり、地域に適正に配置されていない。
- 一般病院/公的病院の精神病床は減少しているが、精神科病院の病床は減っていない。
- 精神科病院では一般病院に比較して外来患者数が少なく、入院中心の医療が続いている。
- 社会的入院が多く平均在院日数が著しく長い。しかも、大きな地域間格差がある。
- 一般科の医療や欧米の精神科医療と比較して、精神病床に係わる専門職が著しく少ない。
- 多数の任意入院患者が閉鎖病棟で治療を受けている。
- 退院請求、処遇改善請求権が十分活用されていない。
- 措置入院の運用に無視できない地域差がある。
- 精神科救急医療がうまく動いていない。
- 精神科の入院医療費が低く抑えられている。
- 障害者自立支援法施行後の精神障害者ための社会基盤整備の状況が明らかでない。
精神科医療に関する基礎資料-精神科医療の向上を願って-
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by 伊藤哲寛(精神科医)
精神障害を理由として医療機関を訪れる人々が年々増加している。特に気分障害、ストレス関連障害の通院患者の増加が著しく、それぞれ全通院患者の33%, 22%と両者で55%を占めている。
精神障害者総数: 303万人(通院268万人 入院35万人)
○ 統合失調症圏 76万人 (通院 56万人 入院20万人)
○ 気分障害圏 92万人 (通院 89万人 入院 3万人)
○ 神経症圏 59万人 (通院 58万人 入院0.5万人)
病院数と病床数 (診療所の病床数を除く)
総病院数: 8,943
総病院数: 1,626,600
精神科病院数: 1,072
精神病床: 352,400
人口10万対精神病床: 275.8
○ 総病院数は90年代初頭のピーク時から10%減少し 総病床数も3%程度減少している。
○ それに対して精神科病院数は2004年まで増え続け、その後現在までほとんど減っていない。精神病床数は病院全体の総病床数と同様に1993年のピーク時の3%減少しており、総病床数に占める精神病床の割合は21.7%とこれまでと変わっておらず、依然として高い。
○ 人口万対精神病床数も90年、93年のピーク時から5%の減少に留まっている。
精神科診療所の急増
○ 近年、精神科を標榜する診療所が急激に増え、2005年にはついに5000カ所を超えた。神経科や心療内科を標榜する診療所も増えた。日本精神科診療所協会所属診療所は1,380施設(2007年)になっている。
このことから診療所で働く精神科医が増える一方で病院勤務の精神科医が減る傾向がある。
○ 精神科を標榜する一般病院数は表3のように増えている。いわゆる総合病院で外来だけの精神科を有するところが増えたこと、そして後述のように精神科病院の一部に一般病床を併設し一般病院として届ける病院もあることによる。
○ 一方、精神病床を持つ一般病院は2006年時点で、表4のように、595病院あり、一般病院の精神病床は9万3千床あることになっている。総精神病床のうち一般病院の精神病床が26%を占めていることになる。しかし、精神科病院であっても精神病床がその病院全体の病床数の80%以下であれば一般病院として計上されるので、この595の一般病院のなかには単科の精神科病院といってもよいものが相当数含まれる。
○ 2000年以降、精神科医偏在や経営上不採算であるとの理由で、地方の精神科医療を中核的に担ってきた一般病院の精神科病棟が休止、廃止され、さらに外来も休診するところが出てきている。
○ 単科精神科病院の精神病床数はほとんど減らず、総合病院精神病床が減少している。精神病院を減らし、各地に総合病院精神科を配置・強化してきた欧米と大きな違いである。
< 退院者平均在院日数 >
デンマーク: 5.2
アメリカ合衆国: 6.9
フランス: 6.5
イタリア: 13.3
オーストラリア: 14.9
カナダ: 15.4
スウェーデン: 16.5
ドイツ: 22
オランダ: 22.6
イギリス: 57.9
日本: 298.4
日本以外の平均: 18.1
精神病床における社会的入院患者
○ 精神病床への長期在院患者はなお多数を占め、2005年の時点で5年以上入院している患者は132,000人と全入院患者の約41%を占める。そのうち20年以上入院している患者は45,000人を超え14%を占める。国は社会的入院患者を7万人と推定しているが、これまでの諸調査から実際はもっと多い。
○ 「障害者プラン-ノーマライゼーション7カ年戦略-」(1996年)あるいは「精神保健医療福祉の改革プラン」(2003)以降も、精神障害者の地域移行は進まず、多くの社会的入院患者が精神病床にとどまっている。 ○社会的入院に関連するこれまでの調査
1)厚生省調査(1983) 退院可能・条件が整えば退院可能 (23.4 %)
2)日本精神神経学会(1989) 社会的理由による2年以上の入院者 (33.1 %)
3)日本精神病院協会(1989) 寛解・院内寛解 (12.9 %)
4)全国精神障害者家族連合会(1995) 社会資源が整備されれば退院可能な1年以上の入院者 (39.7 %)
5)日本精神神経学会(1999) 条件が整えば6ヶ月以内に退院可能な2年以上の入院者 (32.5 %)
6)文部省科学研究(1999) 入院1年以上の患者のうち退院可能群 (50.5 %)
7)日本精神科病院協会「社会復帰サービスニーズ等調査企画委員会」(2003)現在の状態でも条件が整えば退院可能 (15.0 %)
8)平成19年厚生労働科学研究こころの健康科学事業(2008)精神病床の利用状況に関する調査(速報)(33.6 %)
居住先・支援が整えば現在又は近い将来可能 (54.6 %)
隔離・拘束されている患者数
○ この5年間隔離患者数は減少しておらずむしろ増える傾向がある。
退院請求件数などの推移と精神医療審査会の機能
○ 退院請求に関する審査件数は少しずつ増えており,病院内部から外部への風通しは少し良くなっているようである。しかし、強制入院患者数が多い割には請求件数が少ない。また、任意入院患者が閉鎖病棟に多数入院している実態を踏まえると処遇改善請求件数も少なすぎる。
○ これまで同様に都道府県によって請求件数に大きな差がある。大阪、東京、福岡、京都、岡山などで多いが、その他の地域では少ない。
○なお、2005年時点で電話が設置されていない閉鎖病棟が96病棟もある。
データから読みとれる精神科医療の課題
(1) 精神科医療を必要としている人々が急増している。なかでも外来診療の需要が急増し、精神科クリニック等への需要が高まり、精神科医が病院から診療所へ移る傾向が見られるようになった。
(2) 精神病床数は多いが、病床の偏在があり、地域に適正に配置されていない。
(3) 一般病院あるいは公的病院の精神病床が減少しているが、精神科病院の精神病床はほとんど減っていない。欧米の近年の精神科医療施策とは逆方向にある。
(4) 精神科病院では一般病院に比較して外来患者数が少なく、入院中心の精神科医療が続いている。
(5) 社会的入院が多く平均在院日数が著しく長い。しかも、大きな地域間格差がある。
(6) 一般科の医療あるいは欧米の精神科医療に比較して、精神病床に係わる専門職が著しく少ない
(7) 多数の任意入院患者が閉鎖病棟で治療を受けている
(8) 退院請求、処遇改善請求権が十分活用されておらず、精神医療審査会のあり方についても見直しが必要である。
(9) 措置入院の運用に無視できない地域差がある。医療観察法後の措置入院制度の運用実態の変化についてのデータが不足している。
(10) 精神科救急医療がうまく動いていない。
(11) 精神科の入院医療費が低く抑えられている
(12) 障害者自立支援法施行後の精神障害者ための社会基盤整備の状況がまだ明らかでない。整備の進み具合が遅くなった可能性もある。