Tuesday, August 28, 2012

田幸和歌子

尾崎紅葉の『金色夜叉』――作者名と作品名、「貫一・お宮」の名前などは知っているという人が多いだろう。
また、熱海の海岸で貫一が宮を蹴り倒す場面、「来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから」という名ゼリフも、テレビやマンガなどのパロディで知っているという人も多いかもしれない。
だが、作品を全編通して読んだことのある人は、かなり少ないと思う。

2 comments:

  1. かく言う自分も、恥ずかしながら、部分的に読んだことがある程度。なぜなら、原文の流麗な美しいリズムを持つ雅文体が、とにかく難しいからだ。
    だが、そんな原文の抜粋と現代語訳、さらに時代背景などをコラムで掘り下げた、「やさしく深い『金色夜叉』テキスト」ともいえる本が登場している。

    『ビギナーズ・クラシックス 近代文学編 尾崎紅葉の「金色夜叉」』(山田有策著/角川ソフィア文庫)だ。
    同シリーズではこれまで鴎外『舞姫』、一葉『たけくらべ』、漱石『こころ』、芥川龍之介等、比較的ポピュラーな作品を扱ってきたのだが、なぜ今回『金色夜叉』を? 著者の山田有策先生に聞いた。

    「名前だけは誰でも知っているけれど、99%の人は全編を通して読んだことのない作品ということが1つ。また、誰もが知っている名場面・名ゼリフがあるというのが大きな理由です」
    思えば、昔から、まして現代で「誰もが知っている場面・セリフがある」作品は、どれだけあることだろうか。また、パロディが作られるのは、吸引力の強い作品の証でもある。
    「さらに、未完で終わったという最大の謎も魅力となっています。そのために、当時から結末を知りたいという声が非常に多く、終編や別の登場人物を主人公にした作品が多数生まれたり、さらにはモンゴルやロシアで活躍したり、スケールの大きな話まで出ているんですよ」

    さて、粗筋だけ見れば、銀行家に婚約者・宮を奪われた貫一が、高利貸しとなり、金の亡者となって復讐を誓う……という単純なものに思えるが、本書で改めて知ったのは、 貫一の復讐劇には主題が置かれていないということ。

    なぜなら、貫一を取り巻く女性たちの激しさ・情熱に比べ、貫一は逃げてばかりであり、「夜叉」の迫力はない。むしろ、貫一の「夢」として描かれる心象風景に、「憎む」ことから解放されたい思いを見るようで、宮を許す瞬間がいつくるかに読者の関心も移っていく。

    ただし、難しい『金色夜叉』をまるで芝居や映画を観るようにするすると読めてしまうのは、本書がよくある「原文→現代語訳」の流れではなく、「現代語訳→原文→コラム」の順に、やさしいところから入り、深く深く掘り下げる構成になっているからだろう。

    「文学作品自体を読まない人にとっては、この本の256ページというのが限界のボリュームです。本当は膨大な資料や盛り込みたいコラムもたくさんありましたが、涙をのんで、精査を繰り返し、絞り込みました」とは担当編集者の言葉。
    ちなみに、文学史の登場順から、ずいぶん後に生まれた印象のある夏目漱石が、実は尾崎紅葉と同学年であったりと、明治の文豪たちの関係性・影響などを知ることができるのも面白い。

    やさしく読めるテキストを頼りに、もう一度、明治文学に触れてみませんか。

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  2. http://www.excite.co.jp/News/bit/E1292338214246.html

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