Sunday, November 25, 2012

高橋啓治郎

「インテリジェント・デザイン」 (intelligent design; ID) って言葉を聞いたことはあるかな? アメリカのある学区において進化論に対抗する理論として言及することが義務付けられそうになった――という一件はかなり話題になった。
ID の主題を簡潔に表すならば,こんな感じになる――宇宙や生物に見られる性質の中には,自然選択のような無作為なプロセスによって生み出されたとは考えにくいものが存在する。そこには何らかの「知性」によるはたらきかけがあったととらえるのが自然である。
これは要するに創造主――「神」の存在を示唆している。つまるところ ID っていうのは,創造主のアイデンティティーを特定しないかたちに直した創造論 (creationism) の一種なんだ。進化論をはじめとする唯物的な科学思想に対抗し,宗教における教義と調和しうるかたちの新しい科学思想を提示しようというのが,その提唱者たちの狙いであったとされる。
ただ実際のところは, ID は通常の自然科学の枠組みにおいて実証しうるようなものではなく,ありていに言って疑似科学であるとの認識が,科学コミュニティにおける合意となっている。
法廷においても「ID は科学よりもむしろ宗教的意味合いを持つ」との判定がなされており,これを公立学校の教育課程において義務付けることは,合衆国憲法の「国教樹立禁止条項」 (Establishment Clause) に抵触するという判決が下されている。

1 comment:

  1. 科学と信仰

    by 高橋啓治郎

    Radium Software Development – Archive

    http://www.radiumsoftware.com/0705.html

    Intelligent Design

    「インテリジェント・デザイン」 (intelligent design) って言葉を聞いたことはあるかな? アメリカのある学区において進化論に対抗する理論として言及することが義務付けられそうになった――という一件は日本でもかなり話題になったから,そのときのソレと言えば分かってくれる人も多いと思う。略して “ID” と呼んだりする。

    ID の主題を簡潔に表すならば,こんな感じになる――宇宙や生物に見られる性質の中には,自然選択のような無作為なプロセスによって生み出されたとは考えにくいものが存在する。そこには何らかの「知性」によるはたらきかけがあったととらえるのが自然である。

    「何らかの知性」なんてぼやかした言い方をしているけど,これは要するに創造主――「神」の存在を示唆している。つまるところ ID っていうのは,創造主のアイデンティティーを特定しないかたちに直した創造論 (creationism) の一種なんだ。進化論をはじめとする唯物的な科学思想に対抗し,宗教における教義と調和しうるかたちの新しい科学思想を提示しようというのが,その提唱者たちの狙いであったとされる。

    ただ実際のところは, ID は通常の自然科学の枠組みにおいて実証しうるようなものではなく,ありていに言って疑似科学(ニセ科学)であるとの認識が,科学コミュニティにおける合意となっている。 70 を越える数の学会が ID を教育現場へ持ち込むことに関して反対しているというのだから,全面的に否定されていると言っても過言ではないだろう。

    法廷においても「ID は科学よりもむしろ宗教的意味合いを持つ」との判定がなされており,これを公立学校の教育課程において義務付けることは,合衆国憲法の「国教樹立禁止条項」 (Establishment Clause) に抵触するという判決が下されている。

    Science blogs

    そんなわけだから,科学雑誌 SEED が運営するブログサイト ScienceBlogs においても, ID を支持する執筆者は誰一人としていない。むしろ,猛烈な ID バッシングが日々繰り広げられていて,それはもう賑やかなことこのうえない。

    まともな科学的見識を持つ人ならば, ID を支持したりはしないということなんだろう。 ID は非科学的なことを科学であるかのように言い張ろうとしているのだから,彼らとしては無視することができない――しっかり批判しなきゃならない対象であるということなんだろうと思う。

    ただ,だからと言って,彼らがみんな非科学的な概念の存在を完全否定しているわけではない。あくまでも非科学を非科学として収めておくのならば,彼らにも許容しうるものがある。また,それをも許容しない人もいる。この文脈ならば ScienceBlogs の中でも意見の分かれるところであり,様々な議論が交わされている。

    たとえば生物学者 PZ Myers (Pharyngula) は,典型的な無神論者 (atheist) であることを自認している。彼にとってみれば,あらゆる宗教は存在そのものが過ちであって,越えなければならない壁であるととらえる。彼の世界観には神も霊魂も存在しない。それらはすべて空虚な概念であり,まやかしに過ぎないと主張する。

    これとは対照的に,物理・天文学者の Rob Knop (Galactic Interactions) は,自らクリスチャンであることを表明し,その宗教観について告白を行っている。彼は自らにとってのキリスト教の核心となる思想を再定義し,その他の教義 (doctrine) ――例えばイエスの身体の復活や処女懐胎など――について部分的な否定を行っている。それら否定要素を除いた後に残る核心の思想は,科学思想と直交しうるものであり,その両立が可能であると述べる。

    数学者の Mark Chu-Carroll (Good Math, Bad Math) は,猛烈な ID 批判者でありながら,一般的な宗教概念に対しては否定的な意見を述べていない。むしろ PZ Myers のような主張的な無神論に対しては嫌悪感を率直に表している。彼は問いかける――この世界における自分の精神の存在と,そこにもたらされる経験,そこから生み出される感情は,すべて空虚な化学反応の結末に過ぎないのだろうか,あらゆる不可知な存在は否定されなければならないのだろうか――と。その主張は,彼の再建派ユダヤ教徒 (Reconstructionist Judaism) としての理神論的見地を反映しているように思われる。いつもの ID バッシュを行うときのような奔放さが,そこには感じられない。

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