Thursday, March 24, 2011

塩谷喜雄

 深刻な原発事故の拡大を防ぐべく、「総力戦」が日夜続いている。聞こえてくるのは「作戦は成功」という大本営発表ばかりで、冷静な評価や高度な専門知識に支えられた今後の見通しが示されることはない。その役割を果たすべき組織、原子力安全委員会(班目春樹委員長)は、この間ずっと「行方不明」なのだ。
 安全委員会は日本の原子力安全を統べる元締めである。行政組織上は内閣府の審議会のひとつで、経済産業省の原子力安全・保安院や文部科学省など役所の行なう安全規制を再チェックし、事業者と行政を両方監視する。必要なら政府や自治体に勧告を行なう権限を持つ。
 その元締めが、東電福島の深刻な事故が判明してから10日経っても、一度も記者会見をしていない。班目委員長が12日に菅直人首相と同道して現地訪問したこと、職員を現地対策センターに派遣したことなどは、ホームページに記されているが、国民に向けての情報発信はゼロである。
 何ゆえの沈黙なのか。2000年に作られた原子力災害対策特別措置法=原災法では、安全委は対策本部長(首相)に技術的な助言を行なう、と決めている。法制度上は、安全委という客観的な専門家の評価と意見を、政府は受け止めなければならない。
 班目委員長は官邸で連日開催されている対策本部の会議にはほとんど出席しているようだが、首相への助言はきちんとなされているのだろうか。法律上は事故後すぐに立ち上げるはずの緊急技術助言組織はいつ作られ、どう機能しているのだろうか。国民の目には何も見えていない。

3 comments:

  1.  情報を対策本部に一元化するという意味で、安全委からの独自の発信を止めているというのなら、その旨をメディアや国民に広く示すべきだろう。事業者の都合や政治の思惑に左右されない、専門家集団による中立的な評価や助言が、本当に首相に届いているのか、それは対策に速やかに反映されているのか、私たちは知るすべがない。

     安全委の沈黙は奇妙なねじれを生んでいる。福島第一原発の半径20キロ以内の避難指示の自治体を対象に、放射性ヨウ素による甲状腺などの体内被曝を防ぐために、40歳以下の住民は安定ヨウ素剤を摂取するよう、安全委は16日に示唆したらしい。それはIAEA(国際原子力機関)からの情報として、19日に日本に逆輸入されてわかった。震災の危機にあって、日本の安全委の動向を国際機関から教えてもらうとは……。安全委事務局総務課は、これは勧告ではないとしているが、安全委が自ら語らないことは、福島原発事故にかかわる日本の国際評価を著しく低下させている。

     IAEAの天野之弥事務局長は18日に急きょ来日して首相をはじめ関係者と会談した。同行して来たのは放射線測定チームである。日本には多数の放射線モニタリングポストが設置され、その計測データの高速解析システムも備えている。そこにわざわざ測定チームを引き連れてきたわけを天野事務局長は明言しなかったが、国際社会が日本政府の発表に少なからぬ不信を抱いていることは明らかだ。

     独立した専門家集団によるデータの客観的評価と科学的解析結果を発信しないと、国際的な信頼は得られない。国内でも、危機の実態を国民の側から評価し、コメントする組織がないと、避難住民の不安は緩和されない。

     まさかとは思うが、政治家と事業者が手を組んで、小うるさい専門家の干渉を排除し、危機管理のパフォーマンスに走っていないだろうか。関係者の間にそう心配する声があることも事実だ。

     正直に言って安全委はこれまで、冷厳な専門家としての役割を十分に果たしてきたとは言い難い。原発の耐震指針作りでは大甘な基準を示し、現実の安全性評価でも東電福島第一の手抜かりと危険性を、ある程度承知の上で許容の範囲としてきたふしがある。それでも、事業者や政治の思惑で隠されてしまいそうなリスクを、国際基準や科学的評価を盾に、公開させ、是正させる役割がまだ残っている。

     安全委は、大事故が起きた時に、当事者の暴走を止める「冷却材」として働くべき存在である。そこからの情報発信が一切ない状態は、まさに冷却材の喪失であり、事故対策の司令部、対策本部の「健全性」を疑わせるものだ。

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  2.  今はとにかく福島原発からの放射性物質のリーク(漏出)、放射線の放出を減らし、炉心と使用済み燃料のプールを冷却して、準安定状態にすることが急務だ。放水、電源の回復、ポンプやモーターなどの修理と起動、どれをとっても現在の放射線レベルだと、作業者の被曝線量はかなり大きくなる。
     東京消防庁のハイパーレスキュー隊員の場合、30ミリシーベルト近くなっている。現地の東電社員で100ミリシーベルトを超した例もあると聞く。それが具体的にはどの程度の被曝かについては、様々な比喩で解説されているが、放射線による生体への影響は、これ以下なら全く影響しないという「閾値(いきち)」は、今のところ科学的には証明されていないことを、肝に銘じておく必要がある。
     一般人の許容線量や、牛乳、ホウレンソウなどの食品基準は、思いっきり低く、十分な余裕を持って設定しているもので、それを少々超えても「ほとんど=全く」心配ない。ただし、作業者の基準はそうはいかない。菅首相と北沢俊美防衛相は、福島原発への放水活動を前に、自衛官の緊急時許容被曝線量を、100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。これに安全委はどう関与したのだろうか。
     原発周辺の放射線レベルと、放出されている核種(放射性物質の種類)についての精密な解析をして、緊急時ゆえに許容されるべき線量を科学的に評価するのが安全委の仕事だったはずだ。政治家が手柄顔で言う話ではなく、科学的裏付けを示して、安全委が語るべき事柄ではなかったか。
     現地の東電の社員や関連会社の社員の奮闘には大いに敬意を表する。生命の危険を感じながらの職務遂行には、涙も出てくる。しかし、この危機的な状況を招来した東京電力という企業体の事業者責任は、これと峻別すべきである。原子力損害賠償法では、原発事故については一義的に事業者が無過失責任、無限責任を負うことになっている。1200億円の保険も義務付けられており、事業者の手に負えない分は政府が補填する。
     原賠法には特例が定められており、「異常に巨大な天災地変や社会的動乱」による事故は免責される。M9.0の地震は確かに異常な天災地変といえるが、それは地震そのものの規模を表すもので、東電福島第一原発に届いた地震動は、重力加速度が500ガル強でしかない。中越沖地震で柏崎刈羽原発が受けた地震動の半分以下である。地震波の周期、成分などが違うので強さの単純比較はできないが、異常に巨大な地震動では全くない。津波も東電自身が織り込み済みとしてきた。
     それでも大津波という要因を盾に事業者が免責を求めるのは、当然予想されるところだ。政府は東電の本社に海江田万里経産相を送り込み、外見は東電を指揮しているように見えるが、重い責任を背負うかもしれない企業体に政府が寄り添っているようにもみえる。安全委は事故原因の調査権限も持っており、対策チームにおけるその位置づけを誤ると、いらざる疑念を呼ぶことになりかねない。
     原子力安全委員会の歴史は、日本の原子力事故の歴史でもある。
     1978年に国の原子力行政を担う原子力委員会から分離・独立したのは、原子力船「むつ」の放射線漏れ事故がきっかけだった。2000年に原災法で安全委の権限が拡大したのは、前年の茨城県東海村でのJCOによるウランの臨界事故が原因だった。
     日本の原子力史上初めて犠牲者2人を出し、周辺住民を含め600人以上の被曝をもたらしたこの事故で、獅子奮迅の働きをしたのが、当時の安全委員長佐藤一男氏だった。安全サイドに立って政府や事業者に厳しくものを申したせいか、歴代委員長の中でもごく短い2年の任期で職を離れた。経産省や電力業界など旧態の「原子力ムラ」からは風当たりが強かったようだ。
     班目委員長にはぜひお願いしたい。この事故に対する安全委のスタンス、評価と見通しをその職責を懸けて国民に伝えてほしい。官邸の対策本部の一角というだけではない使命を安全委員会は帯びている。酒場の喧嘩ではないが、班目委員長にはこう言いたい。「表に出ろ」。 
     政府は要らざる事実を公表するとパニックを招くとでも思っているのだろうか。パニックをもたらすのは、情報不足と誤った情報の流布である。正確な事実、真実の提供はパニックを防ぐ。そのためにも安全委は前面に出るべきだ。 

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    "原子力安全委員会はどこへいった?"
    塩谷喜雄  科学ジャーナリスト
    2011/03/20

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