Wednesday, February 15, 2012

伊藤和子

日本では結婚がうまくいかないときに子どもを連れて別居するのは普通のことです。
特に、DVについては、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」いわゆるDV法が制定され、DV被害女性は、裁判所から保護命令を受けるシステムが確立しました。保護命令は、加害者の夫が自分や子どもに近づいたり暴力をふるうことを禁止するもので、比較的簡単な立証で命令が出されます。こうしたシステムが確立しているので、暴力を受けたら、まず証拠を保全するより、子どもと一緒に家を出て身の安全を守るよう、支援者たちも私たち弁護士も呼びかけてきました。
ところが、ハーグ条約を批准すれば、国境を超える事案では、いかなる理由があろうと、子どもを連れて母国に戻ることが違法とされ、子どもは原則として帰国させられます。帰国した後には監護権の裁判が待ち受けていますが、子を連れ去った親は不適格とみなされ、監護権をはく奪されることも多いといいます。
このような日本とは180度異なる実務が定着すれば、日本の実務にも影響を及ぼし、DV被害者保護にも悪影響が及ぶ危険があります。

4 comments:

  1. 視点・論点 「ハーグ条約批准 日本の課題」

    NHK

    弁護士 伊藤和子

    http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/86326.html

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  2. 日本政府は、先日「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」の批准方針を閣議了解しました。

    この「ハーグ条約」は、国際結婚の破たんに伴って、一方の親が他方の親の監護権を侵害するかたちで、子どもをそれまで暮らしていた国から国境を越えて移動させた場合に、これを「不法な連れ去り」とし、原則として、子どもをもとの国にただちに返還するという条約です。条約に参加した国は、子どもを迅速に返還する義務を負うとされ、そのための手続を整備しなければなりません。

    国際的な統計によれば、連れ去ったことを理由に返還の申立を受けた親の約7割は、女性であるとされています。日本がハーグ条約を批准すれば、外国での国際結婚に失敗して、子どもと一緒に母国である日本に帰国した母親が、ハーグ条約に基づく返還に直面するケースが多発すると予測されます。

     国際結婚に失敗し、子どもと一緒に、実家のある日本に戻ってやり直したい、と考えるのは自然なことです。また、夫に家庭内暴力をふるわれ逃げるようにして日本に帰国する女性たちも少なくありません。私は、この条約がそうした女性たちやその子どもの権利に深刻な影響をもたらすことを懸念します。

     まず、「原則として返還する」という条約の構造が本当に妥当なのでしょうか。日本が批准している国連子どもの権利条約は、子どもに関する事柄は子どもの最善の利益を重視して決定するとしています。本来、どちらの国でどちらの親と生活するのが本人にとってベストなのか、子どもの立場から判断すべきで、まず返還ありきではないはずです。

    条約には返還の例外事由として、

    1) 連れ去りから1年以上経過し、子どもが新しい環境に順応した場合、

    2) 返還すれば子どもに対する重大な危険がある場合

    3) 成熟した子どもが返還に反対した場合

    などが規定されています。

    しかし、現実には、返還例外規定は、諸外国で極めて制限的に運用されています。例えば、「子どもに対する重大な危険」のなかには、母親に対するドメスティック・バイオレンスは含まれていません。子どもの反対についても、幼い子どもの意見は考慮されません。

    さらに、「子どもに対する重大な危険」を立証するのに高いハードルが課されているため、例えば、子どもに対する虐待があったことを子どもと親が訴えている事案でも、物的な証拠が存在しないとして、立証不十分と判断され、返還が命じられたケースも海外では多くみられます。虐待やDVは密室で発生し、証拠を保全するのが難しい事例が多いのが実情です。母国でない国で母親が法的手続をとって救済を受けるのが難しいことを考えると、例外事由についての重い立証責任は子どもや女性に本当に過酷な結果をもたらします。

    多くの国では、連れ去りは犯罪とされているため、母親は子どもと一緒にもとの国に戻れば、逮捕される危険があります。DVの被害に会った女性は再びDVの危険にさらされることになります。最近、子どもを連れ去ったという理由で日本人女性がアメリカ人の夫から訴えられ、約5億円の慰謝料の支払いを裁判所に命じられましたが、帰国すればこうした多額の賠償責任にも直面させられます。とても過酷なことではないでしょうか。

    こうした訴追やDVを怖れて母親が帰国できない場合、子どもは母親から引き離されて一人で帰国することになります。そして、父親と暮らすか、里親に出されるか、施設に収容されることになります。それが本当に子どもの利益に合致するのか、疑問です。

    さらに日本の実務への影響も懸念されます。

    日本では結婚がうまくいかないときに子どもを連れて別居するのは普通のことです。

    特に、DVについては、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」いわゆるDV法が制定され、DV被害女性は、裁判所から保護命令を受けるシステムが確立しました。保護命令は、加害者の夫が自分や子どもに近づいたり暴力をふるうことを禁止するもので、比較的簡単な立証で命令が出されます。こうしたシステムが確立しているので、暴力を受けたら、まず証拠を保全するより、子どもと一緒に家を出て身の安全を守るよう、支援者たちも私たち弁護士も呼びかけてきました。

    ところが、ハーグ条約を批准すれば、国境を超える事案では、いかなる理由があろうと、子どもを連れて母国に戻ることが違法とされ、子どもは原則として帰国させられます。帰国した後には監護権の裁判が待ち受けていますが、子を連れ去った親は不適格とみなされ、監護権をはく奪されることも多いといいます。

    このような日本とは180度異なる実務が定着すれば、日本の実務にも影響を及ぼし、DV被害者保護にも悪影響が及ぶ危険があります。

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  3. こうした懸念も考慮したのか、政府は、条約に入る場合の返還例外として、

    1) 返還を申し立てた親から、子どもが暴力を受け、返還後も暴力を受けるおそれがある場合、

    2) 連れ去った親が申立人から暴力を受け、それによって子が著しい心的外傷を受け、返還後も親が暴力を受けるおそれがある場合、

    3) 連れ去った親が経済的な困難、逮捕の危険などの理由で、子どもと一緒に帰国できず、また連れ去った親以外の者が養育することが子どもの利益に反するとき 

    その他返還が子どもに身体的・精神的な害をおよぼし、耐えがたい場合を返還の例外にする、と閣議了解しました。

    しかし、連れ去った親に対するDVそのものは、子に著しい心的外傷がない限り返還例外となっていないなど、懸念に十分に応えるものではありません。一方、閣議了解は、条約本文よりも広く返還例外を認めているため、諸外国から、これは条約違反だとして批判され、さらなる後退を迫られる危険もあります。

    ハーグ条約は欧米諸国の強い外圧が影響して批准が決まった経緯があり、今後の国内体制や運用が、外圧によって閣議了解以上に女性や子どもに不利にならないか懸念されます。外交を優先させて、日本に救いを求めて帰ってきた邦人の子どもや女性の権利を万が一にも犠牲にすることがないよう、しっかりした国内体制・法整備をすることが必要です。

    国内法については今後法制審議会による議論が予定されていますが、閣議了解よりも返還例外を狭めるようなことは許されません。

    1) 返還が子どもの最善の利益と言えない場合

    2) 申し立てた親が家庭内でDVや虐待などをした事例、その他子の養育に有害と認められる場合

    3) 主に養育監護をしてきた親が、子どもと一緒に帰国できない事情がある場合は、広く返還例外とし、子どもや連れ去った親の供述を中心とする証拠でも返還事由が認定できるよう、立証のハードルを低くすること
    を求めます。

    返還は裁判所の司法判断とし、専門家である家庭裁判所調査官など子どもに関する専門家が関与して、子どもへの丁寧な面接を通じて返還が子どもの利益にかなうかを判断する仕組みとすべきです。

    海外に住む女性や子どもがDV・虐待を受けても、警察や裁判所に訴えて救済を求めるのが難しい現実があります。日本の大使館や領事館がDV法上の配偶者暴力相談防止センターと同様の役割を果たし、被害の相談に乗り、相談内容について報告書を作成・保管し、必要とされる場合にはそれを裁判所に提出して、救済を手助けする仕組みをつくることも求められます。

    閣議了解では、条約に関する事務を取り扱う中央当局を外務省に設置するとなっていますが、権限や体制については、子どもの権利や心理に配慮した運用がされるよう制度設計が工夫されるべきです。

    今後の制度設計にあたっては、当事者、児童精神科医や子どもの福祉の専門家など関係者の意見を幅広く聞き、開かれた議論がなされるよう求めます。

    様々な問題のあるハーグ条約に批准することによって、万が一にも国内の人権水準、特に国際結婚に失敗して母国に逃れてくる女性や子どもの人権保障を後退させることがないよう、政府が責任を持った対応をとることが求められています。

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  4. TBSのニュース23の中で,米国ウィスコンシン州で離婚訴訟中に妻に娘を連れ去られたモーセス・ガルシアさんを“DV夫”呼ばわりした。逮捕され起訴されたた妻を被害者のように論じていた。その後,地裁で判決があり,妻は有罪になったが,そもそも米国でもDV夫扱いはされていないし,神戸家裁でもDVはなかったと認定されていた。

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