Sunday, February 19, 2012

増田美子

  • 古代の喪服が白かったということは日本書紀や隋書倭国伝などで知ってい ました。
  • 718年に養老喪葬令が出されて、「天皇は直系二親等以上の喪には錫紵を着る」と定められたのがきっかけで 、なぜか黒に変ってしまうのです。唐書の「皇帝が喪服として錫衰を着る」というのを真似したのですが、唐でいう錫とは、灰汁処理した目の細かい白い麻布のことなのを、どういうわけか日本人はこれを金属のスズと解釈し、スズ色、つまり薄墨に染めてしまったというわけなんです。この錫紵の色は、平安時代になると貴族階級にも広まって、薄墨だった色合いも次第に濃くなっていきます。これはより黒い方が深い悲しみを表現すると考えられたからで、あの源氏物語でも、妻を亡くした光源氏が「自分が先に死んでいたら妻はもっと濃い色を着るのに、自分は妻の喪だから薄い色しか着られない」と嘆く場面があります。
  • 白が復活したのは室町時代で、途中江戸時代に水色が登場したりしますが、基本的には白が続きます。私が思うには養老喪葬令以降、喪服を黒くしたのは上流階級だけで、庶民は一貫して白のままだったのではないかということです。といいますのは、白い布を黒く染めるには染料もいりますし、手間もかかります。昔は人の死を穢れと考えていて、一度着用した喪服を処分していたようですが、そんな手間をかけたものを庶民が簡単に捨てたとは考えにくい。それに、先祖代々受け継いできた伝統を変えるには、相当勇気がいるはずです。現代よりもはるかに信心深い時代ですから、伝統を変えることによってたたりや災いが起こるのではないかという"恐れ"が相当強かったと思います。
  • そして、明治維新を機にヨーロッパの喪服を取り入れて黒になり、現代に至っています。

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