Sunday, February 19, 2012

吉国幹雄

この「始点」に拘り「終点」へと単線的に突き進む「直線思考」は、物質誕生の始点を「原子論」に求め、宇宙の誕生として「ビッグバン」を作り上げた。自然科学におけるこの「直線思考」は、さまざまな起源を想定して科学技術発展へ貢献したが、しかし、要素還元的な発想や線形的発想ではもはやどうにもならない閉塞状況を生み出してしまった。(もともと『宇宙』とはコスモス=空間なのではなく、時間と空間の広がりを意味し、時間の起源という発想はもともと東洋の思想にはない。宇宙は「混沌」と「存在」しているものであり、そこには始点も終点も創造主もない。)

1 comment:

  1. 西洋人の「直線思考」と日本人の「円環思考」、【時間の矢と環】
     
    吉国幹雄

    今年は西暦(キリスト生誕)2005年、平成(平成天皇)17年。この西暦と和暦の変換は平成(昭和)ぐらいの最近の元号ならなんとかなるが、もう少し前だとほとんどお手上げ状態。といって、一つに統一されるのは抵抗がある。二つの暦でも大して気にしないのが日本人なら、天皇が変われば元号を変え年号を巻き戻すのにも抵抗ない日本人。

    現在こそ「一世一元」の元号制をとっているが、明治以前は、天災が起これば改元、都が移れば改元、と現在以上に昔の日本人は元号に固執していない。もっとも、この「元号」は7世紀頃中国から移入され、もともとは皇帝が空間だけでなく時間をも支配するという思想と結びついていたらしい。(なお、現在は中国は西暦となっている。)
    大衆にとって、「元号」が変わったからといって生活が変わるわけではないので、「どうでもよい」から受け入れてきたのだろうが、災害の度に天皇が元号を変えることで共認形成をはかったということは、大衆自らが「時間の矢」をリセットすることを肯定視していたからだろう。
    今でも納得すれば過去のことは「水に流す」、というのは我々自身よく経験する対処法。場合によっては凶悪犯人でさえ、犯した罪を水に流して相手のやむを得ぬ心情を理解しようとする。
    若者達の「リセット君」は問題だが、始点から終点へ一直線に進む「時間の矢」に拘らないのは日本人の潜在的な思考方法なのだろう。
    時間は直線的に突き進むだけの矢でなく、「時間の環」を持っている。戻ってやり直すことも、「時間の矢」をどこからでも放つことも可能なのだろう。

    ところが、西洋人(キリスト教圏)はそうはいかない。西暦の成立過程も面白いが、(イエスキリストが制定したのではなく、制定されたのは死後500年以上たった6世紀前半のこと)、彼らに「元号」的な発想はなく、「イスラム歴」を絶対に受け入れることもない。
    キリスト教世界(西洋)は、「時間の矢」を放つ「始点」に拘り永久的な「終点」へと単線的に進む文化圏である。
    人類誕生にアダムとイブを登場させずにはおられなかったのがキリスト教世界であり、創造主を問題にしてきたのもキリスト教世界であり、四大文明を人類史の始めとして人類史を作り上げたきたのも彼らである。

    この「始点」に拘り「終点」へと単線的に突き進む「直線思考」は、物質誕生の始点を「原子論」に求め、宇宙の誕生として「ビッグバン」を作り上げた。自然科学におけるこの「直線思考」は、さまざまな起源を想定して科学技術発展へ貢献したが、しかし、要素還元的な発想や線形的発想ではもはやどうにもならない閉塞状況を生み出してしまった。(もともと『宇宙』とはコスモス=空間なのではなく、時間と空間の広がりを意味し、時間の起源という発想はもともと東洋の思想にはない。宇宙は「混沌」と「存在」しているものであり、そこには始点も終点も創造主もない。)

    西洋の根源的思想を「直線思考」とすれば、日本人の根源的思想は「円環思考」。これは何も時間に限ったことではなく、死生観にも通じる。「直線思考」は霊魂不滅であり、天国か地獄を生きる。一方「円環思考」は死してあの世に行くのであって、それは母なる大地に帰るに近い。そして、また違う「生体」か「静物」としてこの世に戻る。「輪廻」思想に近い。

    この直線思考、円環思考は、外圧状況と集団・社会のあり方(統合様式)の何らかの違いから生まれたのだろう。

    日本(東洋のモンスーン地帯)は四季の変化にとんだ豊かな土地である。自然環境に恵まれた地である。寒さ厳しい冬の後には穏やかな春が訪れ、厳しい夏の後には豊かな収穫が待ち受ける。自然と同化した民族は今年がダメなら来年はきっとよくなると自然を肯定視していたことだろう。もちろんそれは、ダメな年はみんなで飢えをしのぎ助け合う本源集団があったからのことだろう。
    円環思考はこの豊かな自然と本源集団に支えられて生まれた思考方法だろう。

    一方、西洋の狩猟部族⇒略奪部族はそうはいかない。明日はどうなるかわからないという状況で、前進するしかないというのが彼らの思考だろう。まして、本源集団が解体されていき、立ち止まれば死しかない状況ではリセットもやり直しも効かない。確かな道=絶対神を想定して一直線に走らざるをえなかった思考方法といえる。
    そして現在、この直線志向では全く前に進めなくなったのである。

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