Sunday, August 7, 2011

大杉栄

... コロメルの宛名の、フランス無政府主義同盟機関『ル・リベルテエル』社のあるところは、パリの、しかもブウルヴァル・ド・ベルヴィル(強いて翻訳すれば「美しい町の通り」)というのだ。
... もっとも両側の家だけは五階六階七階の高い家だが、そのすすけた汚なさは、ちょっとお話にならない。自動車で走るんだからよくは分らないが、店だって何だか汚ならしいものばかり売っている。そして通りの真中の広い歩道が、道一ぱいに汚ならしいテントの小舎がけがあって、そこをまた日本ではとても見られないような汚ならしい風の野蛮人見たいな顔をした人間がうじゃうじゃと通っている。市場なのだ。そとからは店の様子はちょっと見えないが、みな朝の買物らしく、大きな袋にキャベツだのジャガ芋だの大きなパンの棒だのを入れて歩いている。
... その本屋の店にはいると、やはりおもてにいるのと同じような風や顔の人間が七、八人、何かガヤガヤと怒鳴るような口調でしゃべっていた。
... ふり返って見ると、まだ若い、しかし日本人にしてもせいの低い、色の大して白くない、唇の大きくて厚い、ただ目だけがぱっちりと大きく開いているほかにあんまり西洋人らしくない女だ。風もその辺で見る野蛮人と別に変りはない。
... 毛唐と野蛮人とのあいの子のようなけったいな女がはいって来て、 ...
... 黒ん坊の野蛮人が戦争している看板があげてあって、 ...
... そこへうじょうじょと、日本人よりも顔も風もきたないような人間が、ちょっと歩けないほどに寄って来る。実際僕はヨーロッパへ来たと言うよりもむしろ、どこかの野蛮国へ行ったような気がした。

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