Monday, September 17, 2012

伊藤元重

日本国内の高い賃金コスト、高い法人税率、厳しい環境規制。それらに加えて、日本が海外と積極的に自由貿易協定を結べないため、日本からの輸出がハンディーを負っている。東日本大震災と原発事故を受けて、電力の供給に不安が出てきた。その上に世界的な金融危機で為替は円高になっている。これでは、日本国内で生産を続けるのは難しい。だから海外に出て行くしかない。 海外に出て行こうとする企業の首に縄をつけても国内にとどめるというわけにはいかない。

3 comments:

  1. 国内産業空洞化の「悲観論」と「楽観論」 ――日本は大きな産業構造の転換に、過去何度も成功してきた

    by 伊藤元重

    http://www.nikkeibp.co.jp/article/tk/20110920/284609/?ST=jousyo&P=1

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  2. 日本の産業は空洞化するのか

     最近、産業界で「六重苦」ということがよく言われる。

     日本国内の高い賃金コスト、高い法人税率、厳しい環境規制。それらに加えて、日本が海外と積極的に自由貿易協定を結べないため、日本からの輸出がハンディーを負っている。東日本大震災と原発事故を受けて、電力の供給に不安が出てきた。その上に世界的な金融危機で為替は円高になっている。

     これでは、日本国内で生産を続けるのは難しい。だから海外に出て行くしかない。――これが六重苦の議論だ。

     現実に、多くの企業が海外展開のスピードを速めることを真剣に検討している。市場が縮小する国内に留まっては将来展望が描けない。ここはリスクを取ってでも海外ビジネスを拡大するしかない。そう考える経営者が増えている。

     大企業だけでなく、中堅企業まで海外展開を検討している。

     こうした動きを、多くの人は「空洞化」と呼ぶ。実際、自動車や電機などのメーカーが工場を海外に移転すれば、その影響は甚大だ。こうした業種は経済全体に波及効果が大きい。産業連関表という手法を使えばどれだけの波及効果が出るのか予測できるが、そうした分析を見ても地域経済や雇用への影響は深刻なようだ。

    日本企業の国際化は「空洞化」でなく「国益」

     海外に出て行こうとする企業の首に縄をつけても国内にとどめるというわけにはいかない。そこで日本国内のビジネス環境を少しでも魅力的にしようということで、法人税率を下げたり、あるいはTPP(環太平洋経済連携協定)のような自由貿易協定を結ぼうということを、政府も成長戦略の中に盛り込んだ。

     とはいえ、現実にはそうした政策を実行に移すことができずにいる。このままでは日本経済は衰退する一方だと悲観的な見方を持っている人が多いようだ。

     しかし、日本の産業構造の変化を悲観論だけでとらえてよいのだろうか。

     そもそも、日本の企業が積極的に海外への展開を図るのは、自らの競争力を高め、より高い利益を確保するためであるはずだ。これまで海外展開に消極的であったから日本の企業は国際競争力を失ってきたと言われてきた。

     日本の企業が海外展開に積極的になれば、それは日本企業の競争力を高めることにつながる。それは日本全体にとっても良いことのはず。そうした楽観論がもう少し出てもよいと思うのだが。

    空洞化なのか産業構造の転換なのか

     そもそも空洞化とは、既存の産業が海外に出て行った後、国内には何も新しい産業が出てこないということを想定した言い方である。

     自動車や電機などの産業が海外に出ていくのは日本の産業構造転換の一側面であり、国内には自動車や電機の出て行った部分を埋める動きが出てくるという見方もあるはずだ。

     これまで日本経済は大きな産業構造の転換を何度も実現してきた。1950年代の日本は繊維産業などの軽工業がリードしてきた。1960年代からの高度経済成長の主役は、鉄鋼や石油化学などの重化学工業であった。1973年の石油ショックを境に、日本の産業の主役は重工長大から軽薄短小へと大きく変化した。

     こうしたそれぞれの時代に、産業構造の変化を悲観的に見ることもできた。

     戦後の日本の経済を支えてきた繊維産業などの軽工業は、日本の成長とともに人件費が高くなって国際競争を失ってしまった。そうした悲観論が1960年前後にあったとしてもおかしくない。1973年の石油ショックの時期には、日本の成長の原動力のひとつであった安い石油価格の時代が終わった。資源を海外に依存する重化学工業が厳しい状況に追い詰められ、日本経済は大変な時代に陥ってしまった、という悲観論があったように記憶している。

     しかし、戦後の順調な発展の中で、そうした悲観論はあまり記憶に残っていない。「高度経済成長への移行の中で軽工業から重化学工業への転換を日本経済は進めることができた」とか、「石油ショックを転機に重厚長大から軽薄短小への産業構造をシフトさせたことで、日本の産業が生み出す付加価値はさらに高くなった」というような、産業構造の転換を前向きに捉える見方の方が有力であるのだ。

    なぜ今回だけ悲観論が多数派なのか

     今回の産業構造の転換について悲観論が強いのは、日本経済全体が低調であったこの20年を反映したものであるのかもしれない。経済的に厳しい状況が続けば、人々の見方も悲観的なものに傾くというものである。

     しかし、今、日本で起きている変化を好ましい産業構造の変化と解釈することは、できなくはない。

     自動車や電機などこれまで日本経済を支えてきた産業は、グローバル展開を進めることで国際競争力を強化している。日本国内では、少子高齢化で生産年齢人口が急速に減少していく。そうした意味でも、雇用を海外に求めることが必要となる。そして日本国内には、自動車や電機などの産業が海外に出て行った後を埋めるべく、新たな産業が出てくるはずである。

     自動車産業が日本の主力産業として地位を確立したのは1980年代以降である。以来、日本経済は自動車産業への依存度を高めていった。

     少し前の産業構造ビジョンでは、これを「自動車の一本足打法型産業構造」と呼んだ。それでは自動車産業がこければ皆がこけるということにもなりかねない。実際、リーマンショック後はそうであった。

     そこで産業構造ビジョンでは、日本の産業を「八ヶ岳型構造」に変えていく必要があると論じている。つまり、自動車や電機だけに依存しないで、日本を支える主力産業の柱を増やしていくべきであるという議論だ。

     こうした見方に立てば、自動車産業が国内から海外にその活動を移すことはむしろ日本経済の産業構造の転換に必要なことのように思える。重要なことは、八ヶ岳の他の部分が育つことである。

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  3. 「引力の法則」への期待

     国際貿易には、引力モデル(gravity model)という考え方がある。2国間の貿易量は距離が近いほど大きくなり、そしてそのふたつの国の規模が大きいほど貿易も大きくなるという考え方だ。

     日本と中国間の貿易規模が日本米国間の貿易より大きいのは、日中間が日米間より距離が短いから。日本と韓国の貿易が日本と中国の間の貿易より小さいのは、韓国が中国よりも小さいからだ。

     言われてみれば当たり前のことだが、この原理は多くの国の貿易によく当てはまる。このモデルを最初に提唱したティンバーゲンという経済学者は、第1回のノーベル経済学賞を受賞している。

     ほんの10年、20年前は、日本の周辺の国は経済規模が小さかった。20年前、アジアで日本の次に大きかった中国は、日本の8分の1程度であり、韓国は10分の1以下であった。この時代には、日本の貿易は欧米を相手とする割合が大きかった。残念ながら、距離の壁に阻まれて欧米との貿易額は大きくなかったが。

     輸出入の総額をGDPで割った貿易依存度が、日本は30%程度であるのに、ドイツが72%と高いのは、ドイツには近隣に大きな国が多くあるからだ。そこに大量の輸出をし、そこから大量の輸入をするという双方向貿易が盛んである。

     ただ、アジアの国が急速に成長する中で、この状況は変化し始めている。中国、韓国、東南アジア諸国が大きくなれば、引力の法則が働いて、日本からこれらの地域に輸出が拡大し、そしてこれらの地域からの輸入も拡大するはずであるのだ。現実にも、日本とアジアの貿易額は急速に拡大している。

    アジアの成長をどう取り込むべきか

     アジア成長のエネルギーを日本に取り込む必要があると、よく言われる。これはいろいろな要素を含むが、貿易もそこに含まれる。これまで日本の主力輸出産業ではなかった業種が、アジア向けに大量の輸出をする可能性が出てきたのだ。

     実際、化粧品、医薬品、日用家庭品、食料、外食、教育サービス、観光関連産業、小売業、アパレルなど、今やアジアを無視したビジネスは考えられなくなった。かつては「日本人による日本人のための日本国内のビジネス」であったはずのこれらの分野で、アジアが大きなターゲットになりつつあるのだ。

     考えてみれば、日本の内需産業の質は非常に高い。所得が拡大したアジアの国々の人が、こうした商品を評価しないはずはない。

     ライオンの洗剤はマレーシア市場でトップクラスのシェアであるようだし、中国の大都市ではどこに行っても資生堂の化粧品の売り場がある。イオンやセブン・アンド・アイの中国店は、日本の多くの店よりも大きな売り上げを上げている。熊本ラーメンの味千は、中国を中心に海外に500店舗もあるという。公文学習塾は海外に多くの店舗を構えて現地に入り込んでいる。

     ここに挙げたような産業にとって、欧米のような距離が離れた地域で本格的に展開するのは容易ではないだろう。アジアという距離の近さが、これらの産業の展開を後押ししている。今後、国境を越えた人々の移動がさらに増えれば、日本の消費財やサービスへの需要はさらに高まっていくことが期待される。

    「楽観は意志で生み出すもの」

     「引力の法則」を支えるのは、もちろん消費財やサービスだけではない。旧来の製造業でも、たとえば技術水準の高いデバイスや資本財は、輸出産業として期待できる分野である。

     世界中でスマートフォンが売れれば、それだけ村田製作所のコンデンサーが使われるのは、他の企業にはない高い技術があるからだ。航空機や自動車で炭素繊維が使われるようになれば、この分野で圧倒的な競争力を持っている日本企業への需要は拡大するだろう。

     どのような産業が日本の輸出産業として躍り出てくるかという点については、より詳細な検討が必要だろう。また技術の変化は予想が難しいので、想像もしなかったような新しい分野が出てくることもあるだろう。

     ただ、そうしたミクロでの考察とは別に、マクロレベルで引力モデルが成り立つのであれば、アジアの成長は日本の輸出拡大をもたらすはずである(もちろん輸入も増える)。

     引力モデルだけに期待するわけではないが、空洞化と叫んで悲観的な将来像を描くだけでなく、空洞化した後にどのような輸出企業が出てくるのか考えてみる。そうした楽観論を今の日本は必要としている。

     フランスの思想家のアランが次のようなことを言っている。「悲観は感情から生まれるものだが、楽観は意思で生み出すものである」、と。その通りだと思う。

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